更新情報

当サイトについて

塾が必要ないと思ったらやめる

二学期からは、中学受験と同じです。塾が必要ないと思った瞬間にできるだけ早くこれをやめます。一教科くらいなら通い続けても良いかもしれません。もちろん最低月二回は模試を受けて力をつけます。あとはひたすら学校の内申点を整備する勉強と志望校の過去問研究とその対策の勉強を行います。さて、内申点をとるための勉強が終わる十二月。いよいよ志望校を絞り込んで本格的な過去問研究に取り組みます。できなかった問題に似た傾向のものを何問も解いてみたりします。英語と国語は選択肢を読むだけで答を当てる練習はもとより、すべて繰り返し音読して了解できるように訓練し続けます。合格最低点をにらんで、全教科で満点の六五%を切らないように力をつけます。

クリニークの威信をなんとか保っている

都内の某百貨店の化粧品バイヤーによれば、クリニークは顧客の年齢が上がってきているそうだ。つまり、新規の客を開拓できていないということ。日本女性のナチュラル志向をいったんうまくつかんだからといって、その成功は未来永劫確約されているわけではないのである。もっとも、売上げがダウンしているにもかかわらず、クリニークはいまも北海道から沖縄まで約160もの百貨店に売り場を持つ。広い売り場スペースも相変わらずだ。その理由をある百貨店の化粧品バイヤーはこう打ち明ける。「売り場を縮小したいのはやまやまだが、それを打診するとエスティローダーから他のブランドもすべて引き上げると言われてしまう。だから、どこも思い切った手が打てないでいる」クリニークのほか、ボビイ・ブラウンやMACなどの人気ブランドを多数抱え、百貨店に大きな影響力を持つエスティローダーグループという存在が、クリニークの威信をなんとか保っているのである。

看護に対して不満や怒りを抱くことも

現代では家族が病人を見守り看病するということが、医療機関での完全看護制度のため、必ずしも保障されない状況にある。そのような場合は、家族は、病人を医療機関か施設に預けて、看病を依頼した段階で、家族としての「切れ目」をつけてしまうことがある。看病、介護の役割は、それ以降は医療関係者や施設で働く人たちに委ねられる。そうすると、病人の死後、あらかじめ死を予測し、覚悟ができている家族よりも、最期を看護・介護した医療関係者・施設関係者が家族以上の悲嘆を経験する場合がある。これは「悲嘆の代行」などと呼ばれるもので、これからはこのようなケースが増えてくるかもしれない。家族関係が複雑化してきて、家族皆で死を看取るということは少なくなりつつある。死を看取るのは家族の中でも一、二人というケースが多い。そうすると遺族の中にグリーフの温度差が出たり、グリーフの方向性が親族内でも個人によって違ってきたりする。最期の看取りをした人はある種、充実感をもっているかもしれないが、離れて暮らしていて看病にも直接携わっていなかった遺族は、急速な悲嘆におそわれたり、あるいは死の実感をもてないことも往々にしてある。あるいは、看護に対して不満や怒りを抱くこともある。