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アメリカ経済の強さの象徴

レーガンは、ドル堅調を“アメリカ経済の強さの象徴”とみなしていました。ところが、高金利と一体となったこのドル高は、アメリカ企業の価格競争力を弱め、また大手企業がドル高への対応策として、海外へ拠点を移す堂々たる流れをひきおこしました。この結果、アメリカ産業の競争力低下と貿易赤字の拡大という、重要な構造的弱さを加速してしまったのです。85年、第2期のレーガン政権で、財務長官となったベーカーは、双子の赤字の下でのドル高、という矛盾する現象に注目、このまま双子の赤字が続き、さらに悪化していけば、ドルの信認が失われ国際通貨不安の引き金になることを懸念しました。かくして、85年秋のプラザ合意(ニューヨークのプラザ・ホテルでの5力国蔵相・中央銀行総裁による合意事項)の後、ドル高是正の国際的な為替調整がスタートしたのです。そして、ドル高は急速に是正されました。例えば円の対ドル・レートは、プラザ合意前の240円前後から、88年には120円台半ばまで、ほぼ一貫して下落しました。日本が円高不況で苦しんだのはこの時期です。しかし、アメリカの貿易収支は理由から、なかなか改善には向いませんでした。こうした中で生じたのが、87年10月の“ブラック・マンデー”です。

世界のブロック化と日米の対立を心配

評論家の柄谷行人氏は、東西冷戦が終われば、「戦前の世界構造が露出する」として、世界のブロック化と日米の対立を心配しています。日米の対立は資本主義と資本主義の対立だから、それを「まもなく解決するだろうと考えるのは幻想である」と柄谷氏は言います。イギリスの歴史家ポール・ジョンソンは、旧ソ連の行方も気がかりだが、ECが要塞化すればガット体制が崩れ、「自由主義陣営自体が経済的亀裂によってガタガタになる」と懸念しています。アメリカのウィリアム・ニスカネンCATO研究所長は、「ソ連の崩壊は世界を多極化に導いた」と診断しています。さらに、「アメリカはこれから内向きになる」として、世界の問題を解決するために「日本もときには先頭に立つ必要かおる」と助言しています。東西冷戦の時代が去って、これからアジアでも新しい時代の秩序づくりが進みます。日米関係は今後も日本外交の基軸になるでしょうが、アジアでの日本の役割はますます高まります。いまも冷戦時代の構図を抱えたアジアの緊張をほぐしながら、地域の安定を高めていくことが、日本の仕事です。日本は経済力を基盤にする「商人国家」で、軍事力にモノをいわせる「武人国家」ではありません。世界が日本に期待しているのは「ずるい商人」ではなくて、「公正な商人」です。国際社会に積極的に貢献していく国になれなければ、内外の識者が心配しているように、日本は世界から孤立してしまうかもしれません。

日本における製造業の輸出システム

日本における製造業の輸出システムは、かつては国内で生産した製品を海外にもっていき、そこで販売するというパターンが主だった。しかし、最近の企業は国内生産にこだわらない。条件さえ整えば、生産・販売拠点を積極的に海外へ移行させているのが現状だ。これは世界的な傾向で、アメリカやドイツでは海外生産比率(現地法人売上高を国内売上高で割り、その数値に100をかけたもの)が約30%近くになる。これらの国に比べると、日本は20%未満(2007年度)と低いが、1995年度に9%程度だったことを考えると、急速に上昇していることがわかる。海外展開のメリットにコストの削減があげられる。国内よりも人件費が安い海外で生産を行なうことにより、大幅なコストダウンが見込める。日本の場合、1985年のプラザ合意をきっかけに円高が進んだため、企業の海外展開が加速した。円高になると輸出製品の価格が自動的に跳ね上がるため、大胆なコスト削減を断行しなければ他国製品との競争に負けてしまう。その解決策のひとつが、賃金の安い国への工場移転だった。